2011-09-26
mi te notci bu'u la betcion .i zoi bangu Mi komentis ĉe Beĉjo bangu
Jenan komenton mi skribis por Beĉjo:
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Demando
fotono a dit…
Nurarihjun, pli ĝuste Nurarihjon laŭ japana elparolo, origine estas onomatopeo pri la stato tro glitiga por ke oni ekprenus. Tiu ĉi onomatopeo iĝis ankaŭ la nomo de tiu jokajo, kiu havas tia stato.
Nurarihjon origina nek estas estro, nek loĝas en domo de homoj. Ambaŭ karakteroj estas el verkoj de iuj modernaj verkistoj.
Kial tiuj verkistoj loĝigis Nurarihjon-on en domo de homoj? Kial tiuj verkistoj estrigis Nurarihjon-on? Mi ne scias kial, sed tio estas demando pri la artaĵo. Mi kredas, ke la artaĵo ĉiam bezonas ian freŝan ideon kontraŭ komuna saĝo.
9/26/2011 4:17 AM
2011-07-23
mi te notci bu'u tu .i zoi Mi komentis tie zoi
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エスペラント界
エスペラント界幻想 (fotono)
2011-07-22 11:22:25
「(内容の誤りについて)何の注釈も無しにエスペラント訳して公表した場合、全てのエスペランティストがそのことを支持しているという誤解を受けかねない」と書いたのは私です。
これは私がエスペラント界幻想を抱いているのではなく、エスペラントを知らない人々がそういう幻想を抱いているようにみえる場面を何度か観察したことがあるからです。
知られていないものについて偏見を持つのは自然なことですが、そういう偏見が自分に向けられるのを避けたいというのは、単なる言語としてエスペラントを学習した者として、自然な感情だと思います。
Unknown (fotono)
2011-07-22 21:34:27
エスペラントを単なる言語以上のものにしたくないことには同意します。エスペラントを知らない人たちにどう見られているかということについて、私が今まで観察したところでは、「エスペラントをやっている人って何かのカルト?」という認識を持っている人が結構いると思っていますが、これについてesperakiraさんと見解が違うのは仕方ないでしょう。この見解について争う気はありません。
また、「自分に責任の持てないことを書くな」と言っているのではありません。実際、「どんな作品であれ、翻訳するのは大いに結構」ということもERAJへ投稿した文章に入れました。ただ、訳者が架空のエスペラント界を代表して訳しているのではないことが、一般の人に分かるようにしてほしいだけです。
何語であれ、作品を発表するときも、翻訳を発表するときも、作者や訳者のペンネームを添えるのはごく普通のことです。
匿名の翻訳がなされる可能性があるとき、エスペラントに関しては上記のような偏見の恐れがあるので、これをできるだけ避けたいという気持ちから、個人的な意見だと分かるようにしてほしいと言うのが、それほど奇妙な要請だとは思いません。この要請を訳者が受けるかどうかは訳者の勝手ですが、要請自体は、偏見に怯える者の権利として尊重するべきだと思います。
このコメントを書いた後、ERAJから退会した。偏見に対する危機感への温度差が原因かな。エスペラントは使い続けるけど、もう辞書の編集や変換を手伝ったり、他人の文章を訳したり、初学者の手助けをしたり、 Bona lingvo の改善のためにメーリングリストに投稿したりするのは止めようと思う。エスペランティストたちのために何か貢献しようという意欲が失せた。
追記:ERAJに書いたものの一部もここに転載しておこう。esperakiraさんの要約は、私の本意を十分に反映していないから。
- 「Re: エス語の 『みえないばくだん』 (各国語訳があります) 訳を早急に提供する といいです」から一部転載
Date: Sun, 17 Jul 2011 01:14:22
From: "fotono0"
[前略]
「あらゆる主張というのは個人的なもの」とは限らず、
特定の集団の主張というものもあると思います。
特にエスペラントに関しては、
あまり外部に知られていない言語であるために、
すべてのエスペラント訳がエスペランティストという集団の主張であると
受け取られる恐れはあると思います。
『みえないばくだん』を何の注釈も無しに
エスペラント訳して公表した場合、
全てのエスペランティストがこのようなトンデモを支持しているという
誤解を受けかねません。
私の考えでは、どんな作品であれ、
翻訳するのは大いに結構ですが、
作品の内容に問題があるからといって、
一部改変や削除をするのは、
思想統制のようで賛成できません。
むしろ、作品自体は正確に訳し、
訳者の注として問題点を指摘するのが良いと思います。
もちろん、この場合にも、
訳注を書いた訳者を特定できるように表記するべきだと思います。
2011-04-19
mi te notci bu'u tu .i zoi Mi komentis tie
- ご意見の概要(100字以内)※必須
- すべての原子力発電所をすぐに停止し、当面の電力不足には節電で対応したい。今後は他の複数の発電方法をバランス良く利用していきたい。とくに藻油の実用化を急ぐべきである。
- ご意見及びその理由※必須
- 核分裂反応を利用した原子力発電所は、未来永劫の子孫に廃棄物処理・管理の費用負担を押し付ける、大変不合理な施設である。その上、福島の原子力発電所の事故によってばらまかれた放射性物質の中には、水や空気や生物によって世界中に広がって行くものがあり、日本の農林水産業や輸出業にダメージを与えるばかりでなく、他国の環境をも放射性物質で汚染するという国際問題につながる。ほかの原子力発電所についても、たとえどんなに管理を徹底したとしても、想定外の災害によってこのように壊滅的な被害を国民に与える可能性がある。これほど大きな被害は、ほかの発電方法では起こり得ない。したがって、すべての原子力発電所の操業を即刻停止するべきである。そのための電力不足には、節電で対応したい。必要であれば計画停電にも協力したい。今後はほかの複数の発電方法をバランス良く利用したい。火力・水力・風力・地熱・潮汐力などが有効だ。とくに、火力のための燃料として藻油の利用を実用化すれば、化石燃料を使わずに済むようになる。藻油の研究開発を急ぐべきである。
[送信した日付は 2011-04-18]
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日本エスペラント・ネット愛好者メーリングリスト (ERAJ) 参加者の内輪話。
12日の夕方に、翌日「原発いらん」メッセージを持って街角に立とうという投稿があり、それに対して @yagitakeshi が疑問を呈したことに端を発し、 Twitter でも少し議論があった。
私は ERAJ のメールはダイジェスト版だけ送られてくる設定にしていて、しかも Inbox に入らずに仕分けフォルダに直行するように設定しているので、よほど暇な時しか読んでないけど、たまたま Twitter からこの経緯を知った。
私の気持ちは最初の時点から @yagitakeshi に強く賛同するものだけど、 @vastalto_ の怒りは傾聴に値すると思ったので、リストにして考えてみる。
fotono 6 fav 770 view 2011 3/26
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@yagitakeshi は、元来、原発には強く反対しているからこそ、「被害者を踏み台にしているという偏見」を持たれうるような「方法の下手さ加減」あるいは「他人の気持ちの動きを想像できない無神経」に対する警告を発したのだと思う。それは言論封殺ではなくて、同志としての忠告のようなもので、忠告に聞く耳持たない人もいるけど、それはそれで仕方ないんじゃないかな。
fotono
2011-03-26 02:57:35
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あと、エスペラントやってる人に特有の性質かもしれないけど、通訳なしで世界中の人と話ができるという安心感にあぐらをかいて、相手の社会的な背景を考慮したり、言葉に表してない気持ちを察したりする努力を忘れがちかもしれない。バスク人をスペイン人として紹介したとか、こんな http://goo.gl/vFfzD 無神経な歌を今でも歌っているとかいう話を風の便りに聞くにつれ、エスペランティストに対するそういう偏見が強くなっていくよ。
fotono
2011-03-26 03:32:59
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もちろん、エスペランティストがみんな無神経だというわけじゃなくて、私の中でそういうステレオタイプが形成されつつあるよ、という話。
fotono
2011-03-26 03:33:58
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@esperantonumazu: mi komprenas, ke la esperantistaro enhavas variajn homojn gxuste kiel aliaj aroj. Mi simple dubas la esencon esperantistan de paroli senbare, kio estus la kauxzo de malatento pri ne-parolata sento de aliuj.
fotono
2011-03-26 13:43:00
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@moriteppei @bcxxx 事故直後の時は、事故を待ってたかのように、抽象的な「原発いらん」を不特定多数に向かって言うのが嫌だった。「原発嫌なの当たり前じゃん、今はそれどころじゃない」と思う。むしろ事故から2週間たって、東電幹部の人災的側面が明らかになってきた今は、直接東電に文句言うべき。ただし、測定データをテキストファイルで即時に出せとか、無能幹部は下請けにやらせてないで自分で作業しに行けとか、具体的な怒りを表明すべきだと思う。
fotono
2011-03-27 21:03:44
2011-02-16
Serena
Kelkajn komentojn mi skribis por Serena
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花 の 名
Oxalis triangularis (fotono)
2010-01-08 03:36:53
調べてみました。
Oxalis triangularis, 英語では False Shamrock と言うらしいです。
Wikipedia
カタバミの仲間ですね。
紫の舞 (fotono)
2010-01-08 04:01:08
さらに調べたところ、日本語では「紫の舞」と呼ぶそうです。
湿気に弱く、水はけの良い土を好むそうです。
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西洋シナノキ
Unknown (fotono)
2010-06-07 20:14:08
Ankaŭ mi amas tiujn arbojn. Post la flortempo, la semoj kun la folieca florpiedo turniĝante dancante falas. Infanoj kolektas kaj lanĉas tion, por revidi la dancon.
lancxas (fotono)
2010-06-08 04:19:47
Ho, pardonon pri la rompitaj literoj. Jen la sama komento je x-sistemo:
Ankaux mi amas tiujn arbojn. Post la flortempo, la semoj kun la folieca florpiedo turnigxante dancante falas. Infanoj kolektas kaj lancxas tion, por revidi la dancon.
Hatena de Esperanto
Kelkajn komentojn mi skribis por shiro-kurage.
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ザメンホフについての誤解
fotono 2010/04/05 16:37
わたしは、いくつかのアジアやヨーロッパの言語を齧ったことのある者として、やはりエスペラントの言語構造には不満がいろいろあります。
公平さという観点から言えば:
エスペラント文法は単純ですから、文法がヨーロッパのいくつかの言語にそっくりなのは許せます。しかし、語彙のほとんどがヨーロッパ語源なのは、ヨーロッパのある種の言語を知っている者だけに非常に有利です。トキポナやロジバンの公平さと比べると、エスペラントはとても不公平です。
それでもなおエスペラントを学ぶ利点は、実用性です。なにしろ最も普及した人工言語ですから、学べばすぐに、多様な民族とコミュニケーションをとることができます。相手もエスペラントをある程度努力して学んだはずですから、自分のエスペラントの能力に自信が無くても、卑屈になることはありません。
それに、相手がエスペラントを学んだということは、英語やロシア語やスペイン語やフランス語や日本語などの言語帝国主義に不満を持っている率が、エスペラントを学ばない者よりも高いような気がします。そうだとすれば、こちらの民族の文化を尊重してくれる可能性が高いということです。そういう人たちと付き合うことができるのは、やっぱり嬉しいですよ。
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翻訳難しいやつ
fotono 2009/02/17 15:47
あれっ,こっちにコメント付けたつもりで、Ĉe la mezo de elŝutado el interretoの方にコメントしてしまいました。ごめんなさい。あっちは良かったら消してください。こっちに書き直します。(ついでに微訂正^^;)
> Forsavis sian korpon kaj animon (tute malaperis).
これはたぶん救い出すのではなくて消し去るのだと思います。saviを「保存する」みたいな意味で考えると。それにsianが訳されていませんね。
わたしの試訳はこんな感じ:
自分の肉体と魂を消し去った(全部消えた)。
> Ili forte diferencas inter si per la beleco.
日本語では、「異なる」を「強く」で修飾することは少ないかも。「大いに」としてみたらどうでしょう?
> Mi forkomentis tiun tekston, por ke uzantoj de la pagxaro ne vidu ĝin.
「それ」が「コメント」より先に現れるので、分かりにくいです。あと、pagxaroだから1枚のページじゃなくて、ページ群、WEB上の話なら「サイト」と訳しても良いのでは無いでしょうか。わたしの試訳は:
わたしのコメントをそのサイトの閲覧者たちに見られないように、別のところに書いた。
あるいは、上から訳し下ろして
わたしがそのコメントを別のところに書いたのは、そのサイトの閲覧者たちに見られないようにするためだった。
> La lingvo havas grandegan rolon en la diferencado de la gentoj.
La lingvoは、その言葉というより、ことば一般かなあと思い、わたしの試訳は:
民族間の違いの中で、言葉の占める役割は大きい。
> Mi uzis bulan liston por prezenti programerojn de la aranĝo.
たぶん「ボールのリスト」じゃなくて、リストアップするときに、行の頭に付ける小さい丸じゃないでしょうか?こういう
Wikipedia
わたしの試訳は:
わたしは行事のプログラムを表すリストの各項目の頭に、小さい丸を付けた。
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Kontrolo pri maljunuligxo de auxdkapablo / 耳の老化テスト
fotono 2009/09/07 23:49
kurioze, sinusan sonon de 8000-21000kHz inter muziko el wmv mi bone aŭdas, sed puran sinusan sonon el flash mi nur 50-14000Hz aŭdas. mi ne povas kompari nunan kaj infanaĝan mian orelon, do mi ne povas scii, ĉu ĝi estas kaŭzita de maljuniĝeco aŭ de denaskeco. estas interesa, se estas muzikaĵon el nur sonoj >14000Hz. ĝi estos muziko nur por gejunuloj, hundoj, balenoj ktp.
fotono 2009/09/08 00:15
eraris: 8000-21000kHz --> 8000-21000Hz
se kHz, mi estus superpovulino.
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テレビを排す。
fotono 2011/01/12 09:05
最近完結したWeb小説の中に、ここのコメント欄での教育論議を思い出させる一節があったので、ご紹介します。
小説の題名は『愛着理論 ~My mother is a fu**ing JAP~』といいます。
[愛着理論] [現在は消去されています]
小説全体のあらずじは、英国で底辺クラスの男と結婚した日本人が、家庭内暴力に晒されながら、子供に日本式教育をしようとして挫折し、英国のソーシャルワーカーに児童虐待者とレッテルを貼られて、子供から引き離されてしまうという話です。
その「第3章 重奏」の「教育」という節に、2つの考えが対比されていました。
[教育] [現在は消去されています]
一つは、礼儀や生活規律を重んじるアジア式教育、もう一つは、ただ一つの正しい道など存在しないとするポストモダン教育で、“子供の声”至上主義を含むものです。
ちょうど、前者が白くらげさんや Serena さんの考えにあたり、後者が大川純平さんの考えにあたるように思われました。
西洋のクラシックな教育方法では、親が子供に躾として暴力をふるうのがあたり前のような感じだったと聞いていますから、ポストモダン化というのは、西洋では大転換だったのでしょうね。
私は、白くらげさんや Serena さんと同じ立場で子供に接していて、大川純平さんの考え方は理解できなかったのですが、この小説を読んで、「なるほど、そういう考えもあるのだな」と納得したのです。とはいえ、四苦八苦しつつ、悩みつつ、やっぱり「日本式」教育を続けていくと思います。ちなみにうちにはテレビがありませんし、子供が欲しがっても買うつもりはありません。
なお、上記のサイトでは今のところ第4章までしか載っていませんが、以下のところで「第5章 カーテンコール」も読めます。 [現在は消去されています]
[作者のブログ]
[この小説は、加筆・変更が必要だという作者の判断で非公開になりました。いつか加筆・変更され、出版されるように願っています。わたしは公開されていた旧版を手元に保管しています。途中で登場人物の変更があって、辻褄が合わなくなっているところもありますが、意味が分からなくなるような不具合はありません。]
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Elhospitaligxo
fotono 2010/02/25 17:19
Daŭre zorgu ŝin, sed nur unu lumo estas, ke ŝi povas reveni al apud ŝia familio.
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翻訳が難しい文 / frazoj, kiujn mi malfacile tradukis en la japanan
fotono 2010/03/02 20:51
Jen mia provo:
* Ŝiaj belaj petolaj (petolantaj) haroj brilis en la lumo de la luno.
彼女の美しく軽やかに揺れる(軽やかに揺れている)髪の毛が月明かりに輝いていた。
* Senkonsidere kaj infanece amuzi sin per gaje ŝercaj, plaĉe malicetaj agoj aŭ paroloj:
無分別かつ無邪気に、おどけて楽しませたり、からかって喜ばせたりして、悦に入ること:
* Vi transpetolos la grandan paŝon de via vivo, se vi estos tia nepripensema.
あなたは、そのように思慮が足りないままであれば、自分の人生の重要な一歩を浮かれて踏み外すことになるだろう。
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翻訳が難しい文 / frazoj, kiujn mi malfacile tradukis en la japanan
fotono 2010/03/03 23:07
鼻詰まり大変ですね。わたしは咳がげほごほがほ。
* Hodiaŭ oni atestas la ĵuradon de la novaj advokatoj.
* 今日は、新人弁護士の宣誓が認証されます。
「宣誓」という社会的な行事に詳しくないので、日本語として正式な表現を知らないのですが、宣誓者の言葉を立会人が認証することによって宣誓が成立するのだろうと考えて、このように訳してみました。
* Tro forta ĵuro - la afero ne pura.
* 堅すぎる誓いには裏がある。
確かに、おっしゃるとおり「裏がある」で良いと思います。
「誓い」の度合いは、日本語では「堅い・脆い」で表すことが多い気がします。
誓う必要もなさそうなことを殊更に誓うと、却って事実が疑わしいというような意味でしょうか。
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エビフライと遺伝子組み換え / Fritita salikoko kaj genetika ingxenierado
fotono 2010/06/07 20:20
Ankaŭ estus utila, se ni kreus purajn bongustajn blatojn. Tiel ni manĝu blatojn anstataŭ salikokoj.
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公用語とは何か / Kio estas la oficiala lingvo?
fotono 2010/07/01 16:28
Mi pensas, ke estas bezonata, fiksi oficialan lingvon de kompanio.
Se oni uzus iun ajn lingvon sur paperoj, aŭ en kunsidoj, oni ne povus interkompreni.
Multaj JP-landaj kompanioj ne klarigas, sed kutimas je uzi JA-lingvo kiel oficiala, eĉ se multaj laborantoj estas el BR-/CN-/KR-lando. Sed eĉ en tia kompanio, laborantoj povas libere uzi sian preferan lingvon maloficiale por interparoli kun kunlaborantoj kaj klientoj. Nur sur paperoj kaj en kunsidoj, oni devas uzi oficialan.
Ankaŭ mi iam laboris por iu DE-dependa kompanio en JP-lando, en kiu oni devas uzi EN-lingvon oficiale. Sed laborantoj ne sentis malliberecon, ĉar oni povas elekti DE-/JA-/EN-/FR-lingvojn depende de situacio.
Fiksi oficialan lingvon je EN-lingvo en pura JP-kompanio estas stranga, sed tute ne mallaŭdinda. La rezulto estas, nur ke ankaŭ multaj JA-lingvanoj ekkonas la penon de malplimult-lingvanoj en tiu kompanio.
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Antikva poemo de Jamanoueno-Okura
fotono 2010/12/13 09:40
Mi sentas, ke vi ĝin bone tradukis.
Eble anstataŭ "pura blanka ronda ŝtono", "pura blanka ronda gemo" signifas bone "白玉".
Mi aŭdis, ke en Nara-periodo, はひふへほ estis eble elparolata kiel [ɸaɸiɸuɸeɸo], do la propra nomo 古日 povas esti esperante skribita kiel "Furfi", "Purpi" ktp.
エスペラントな日々
Esperakira さんのブログ「エスペラントな日々」に投稿したコメント:
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緑の学校
cxi tiu floro (fotono)
2005-05-06 23:25:04
mi sxercis gxin en ilustrita libro. gxi sxajnas "gentiana zollingeri" en latina lingvo, "フデリンドウ" en japana lingvo, kvankam mi ne konas la esperantan nomon.
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エスペラントで楽しむ「緑の学校」
sxajnas (fotono)
2005-05-07 07:56:35
gxi sxajnas "motacilla cinerea (キセキレイ)", cxu ne? pardonon, mi ne konas la esperantan nomon.
mi ne havas (fotono)
2005-05-07 23:46:39
mi ne havas vastan scikonon, sed sole konsultis ilustritan libron. veraj scikonantoj devas scii la ekologion kaj la pozicion en naturmondo, sed mi konas nur la nomoj per libroj.
[nomojN!]
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エスペラント通信講座中級その2
Unknown (fotono)
2005-05-09 22:21:06
gxi sxajnas "anemone flaccida (ニリンソウ)", la japana nomo estas pro du floroj cxe unu tigo.
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ワニる?
わにる (fotono)
2005-07-13 21:10:35
関係ない話で済みません。同音異義語ですが「わにる」という日本語はあるようです。広辞苑や大辞林にも載っていました。ネットで調べると、秋田・山形・長野・群馬のほか、上越・関西などの方言として紹介されていますが、こんなに広い地域に共通の単語なのに「方言」って...
parenteze pardonon pro ke mi cxiam aligatoras sur mia blogo, sed mi ne povas cxesigi gxin por mia ekzercado de franca lingvo.
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雪だるまとスノーマン
Unknown (fotono)
2006-02-12 13:24:04
Mi pensas, ke japana negxhomo estas sidanta depende de la nomo "Dharma", do nature malpli alta ol tio euxropa, kiu sxajnas staranta. Ili estas malsamaj laux mi. Sur Vikipedio esperanta ( Vikipedio ), oni trovas nur la foton de euxropa negxhomo. Mi ne volas nomi tian starantan negxhomon kiel "Dharma".
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巨大な数
大きい数 (fotono)
2007-10-23 16:37:56
以前、大きい数について表を作ってみました。
http://photon.freeshell.org/nomonombro.html
表の一番右の列がエスペラントです。そこの注にも書きましたが、-ilionoシステムでは、10の72乗以上について、うまくいきません。表には書きませんでしたが、-iliardoシステムでも、dek-duiliardoとdekdu-iliardoについて同じ問題が起こると思います。個人的には、miliono以上の数は乗数で言いたいです。
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フィンランドの言葉
lakto de birdoj (fotono)
2008-07-01 16:25:06
Cxu finnoj forgesas lakton de kolomboj? Vikipedio
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お菓子とケーキ
お菓子の呼び方 (fotono)
2008-11-18 18:26:00
kuko: 甘い焼き菓子 ---> どら焼き、たい焼き、人形焼きなども?
biskvito: 2度焼き、あるいは長時間焼いて水分を無くしたもの(乾パンや粘土の素焼きも含む) ---> 煎餅やカキノタネ?
中華まんはフランスではブリオッシュという食べ物に分類されていて、「蒸したブリオッシュ」と呼ばれています。肉まんなどの甘くないのは「塩味のブリオッシュ」、あんまんなどの甘いのは「砂糖味のブリオッシュ」と呼ばれます。
このブリオッシュとは何なのか、手元のフランス語の辞書を引くと、パティスリー(菓子)の一種とされているだけで、詳しいことは分かりませんでしたが、パティスリーという名詞は「生地をこねる」という動詞から派生したものなので、必ずしも甘いものではないのだと思います。また、生地の原料も限定されていないので、小麦粉でなくても良いのでしょう。
中華まんの他に、ソーセージパンやクリームパンなどもブリオッシュと呼ばれているので、日本で売られている菓子パンや惣菜パンは大抵ブリオッシュだと思います。
でも、このブリオッシュのエスペラント訳がわからない。
mola pano?
日本のまんじゅうは、皮が中華まんと違うので、ブリオッシュではないかもしれません。
それなら生地を蒸したもの pasto vaporkuirita とか?
茶席に出るような柔らかい和菓子は、単にpasto dolcxaで良いような気もします。
硬い打ち菓子は bombono ではどうでしょう?
スッパムーチョは難しいですねえ。 pasto acida?
お菓子とは? (fotono)
2008-11-18 23:08:17
すると、
焼き菓子の分類では
biskvito > kuko > torto, kekso
甘いものの分類では
dolcxajxo > kuko > torto, kekso
という感じでしょうか。
pastoは何かの粉を練ったものなら何でも良さそうなので、お菓子ではないものや、食べ物以外のものも含まれてしまいます。
「本来の目的が栄養摂取ではなく、嗜好品として食べるために作られたもの」が、日本語のお菓子だとしたら、 gxu-mangxajxo と言えば良いのかも。
ただ、そうすると、カロリーメイトなどはお菓子なのかどうかという問題が出てきますが。
すっぱムーチョは芋だから pasto じゃなかったですね。ボケてました。 terpomflokoj acidaj?
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文字と発音
R (fotono)
2009-06-09 12:50:34
PMEGによると
R estas trema konsonanto, kiu normale estas denta, sed fakte ne gravas, kie en la buŝo oni faras la sonon.
だそうですから、Rの発音は、普通は歯茎ふるえ音ではないでしょうか?それ以外の場所(喉の奥など)でふるえさせるのも許されてはいますが、推奨されているわけではないと、私は解釈しているのですが。江戸っ子以外の日本人にとっては、新たに習得しないといけない発音ですから、「普通は歯茎ふるえ音である(舌先をふるわせる)」「舌先の代わりに喉の奥などをふるえさせるのも許容範囲」「ふるえさせることが大事」とわかるようにした方が良いと思います。
U (fotono)
2009-06-09 13:24:42
母音の中で、Uは日本語のウとかなり違うと思います。唇をまるくすぼめて発音するように注意した方が良いと思います。
Sx (fotono)
2009-06-09 14:02:20
Ŝ (Sx) の発音について注意している文献はあまり無いのかもしれませんが、わたしは注意すべきだと思うので一言。
エスペラント語のSxは無声後部歯茎摩擦音(ですよね?)、日本語のショの子音は無声歯茎硬口蓋摩擦音なので、Sxはショよりも舌をやや奥に引っ込めると思います。そのように発音しないと、「えっ?」と聞き返されることも多い気がするので、初心者向けの本にそういう説明があれば、役に立つかなと思いまして。
これに伴い、Ĵ (Jx) にも同様の注意が必要だと思います。
L, N (fotono)
2009-06-09 18:15:28
LとNの説明が同じなので、説明を書くなら区別した方が良いのでは?
Lは「舌の先を上の歯の裏にあて、声帯からの音を舌の両脇を通して出す」
Nは「舌の先を上の歯の裏にあて、声帯からの音を鼻を通して出す」
...でも、ちょっと回りくどいですね ^^;)
C, Cx, F, H, N, S, Sx (fotono)
2009-06-09 22:25:41
日本語と全然違う発音は、回りくどく説明するしかありませんが、
日本語にある発音や、日本語に近い発音については、上記のNのような説明より、日本語を基準にして説明した方が、"英語を初めとする外国語の素養はないが文法用語の基礎くらいは分かる程度"の読者には、分かりやすいかもしれませんね。
例えば、
C: ツの子音(Uはウと違うので、Cuはツと違う)
Cx: チの子音に近いが、舌の中央部をやや下げ、硬口蓋に当てる面積を減らす。
F: 上の前歯と下唇を近づけ、その隙間から息を吹き出す無声音。
H: ハの子音。ヒの子音は使わないので、Hiの発音がヒにならないように気をつける。
N: ナの子音。ニの子音は使わないので、Niの発音がニにならないように気をつける。
S: サの子音。シの子音とは違うので、Siの発音がシにならないように気をつける。
Sx: シの子音に近いが、舌の中央部をやや下げ、硬口蓋から遠ざける。
Hxの説明は、esperakiraさんの説明が簡潔で分かりやすいと思います。
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文字と発音(続き)
J, Ux (fotono)
2009-06-10 15:13:00
J と Ux という半母音について、「母音と違って、単独で音節を作ることはなく、単独でアクセントが付くこともない」ということを、どこかで指摘したほうが良いかもしれません。
また、Ux は日本語に無い発音なので、U の説明よりも後に、Ux について「U の短くなった半母音で、子音として扱われる」という説明があると、分かりやすいかもしれません。
発音の説明 (fotono)
2009-06-10 15:16:50
紙の上だけで正確な発音を説明するのは難しいし、初級の教科書でそうする必要は無いですが、音声教材だけで発音のコツをつかむのも難しいと思いますよ。
例えば昨日のページにコメントしたSxについて言えば、
日本人にとって、Sxiは大抵シに聞こえるけれども、外国人にとって、シは必ずしもSxiに聞こえないという点を、音声教材だけから気付くのは、必ずしも簡単ではありません。
正確な発音にこだわるべきかどうかは、読者自身に任せ、教科書としては、標準的な発音のコツ、特に日本人にとって気付きにくい点を書いておくのは有意義なことだと思います。
そうした上で、「エスペラント語はいろんな母語の人に使われるから、標準的な発音で話されないことも多いので、日本語訛りを気にしすぎないように」と、コラムなどで読者を励ますと良いかもしれませんね。
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エスペラントの基礎(2)
入力ミス? (fotono)
2009-06-21 12:23:06
mal|san|u|lej|o
は入力ミスでしょうか?
mal|san|ul|ej|o
だと思いますが。
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エスペラントの基礎 第2部(2)
jen (fotono)
2009-06-29 13:52:34
jen は間投詞とも言えますが、原型副詞でもあり、 jena, jene, jeno と品詞語尾をつけることもありますね。それは説明しないのでしょうか?
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エスペラントの基礎 第3部(3)
訛りかも (fotono)
2009-08-07 20:41:50
( ) 内の estos はありうると思います。prenis の時点では、gxentileco がどの程度か、まだわかっていなかったので。
alportis ... subtenante は、確かに不自然ですね。この部分は、ヨーロッパの自然言語からくる訛りであるように見えます。
この文章が訛っているかもしれないと疑う別の根拠として、ĝentileco という単語をこの場面で使っていることが挙げられます。エスペラント語では「礼儀正しさ」という意味ですが、この場面に礼儀正しさが出てくるのは奇妙だと思いませんか? 実はフランス語でこれに似た発音の単語 gentillesse は「親切」という意味であり、この意味であると考えるほうが、この場面に合うと思います。bonkoreco というべきところが、訛って gxentileco になっているのではないでしょうか?
文字化けしていません (fotono)
2009-08-08 17:25:18
LinuxMint7 上の Firefox3.0.13 で見ていますが、文字化けしていません。
環境によってはコメント欄が文字化けするという話を聞いていたので、一応 x 方式で書いてみました(一ヶ所間違えて字上符付きにしてしまいましたが)。
「変更不可」の fundamento はこれから変更しても良いのではないでしょうか? まだ出版前ですから。
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名詞(2)
ただの綴り間違いですが (fotono)
2009-10-09 12:11:58
nangxata -> mangxata
cxanbron -> cxambron
cxanbro -> cxambro
knavino -> knabino
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動詞(1)
frukta verbo (fotono)
2009-11-11 19:32:37
線動詞は-it-や-int-がつけられず、線結動詞ならつけられる、という違いだと理解していますが、他の考え方があればご教示ください。
点、線、線結 (fotono)
2009-11-12 18:25:29
すみません、不用意に訳してしまいましたが、これらの用語のエスペラント訳が固定しているかどうか、知りません。
Sibazyunさんの話では、辞書としては初めて、『エスペラント日本語辞典』がこれらの概念を取り入れたそうですから、他の国の人たちにはあまり知られていない概念かもしれません。
「結」を frukta としたのは、HAShiさんに倣ったものです。rezulta とも訳せるかもしれませんが、rezulta だと、点動詞との区別がつきにくい気がします。「ある結果を生み出す、連続的な動作」という意味から考えると、frukta の方が適切な感じがします。個人的な感覚に過ぎませんが。
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分詞について考えて
Unknown (fotono)
2010-01-27 01:56:09
ami が直接結果を生むことがないことから考えると、amito は、普通にはありえないと思います。
PMEG の 28.3. Participoj kiel O-vortoj では、確かに
amito = amita persono, persono kiun iu antaŭe amis
と書かれていますが、これは他のページで、-it-が単なる過去ではないことが何度も説明されているのと比べると、あまりにも説明不足だと思います。これでは estis amato と estis amito の区別がつきません。
例えば29.2.1. Elekto de pasiva participo ― bazaj principojでは
AT daŭrado aŭ ripetado
IT plenumiĝo aŭ rezulto
OT stato antaŭ ago
です。ami から直接 plenumiĝo aŭ rezulto が得られるとは考えにくいです。
28.4.2. Kunmetitaj verboformoj pasivaj では、
Kiam via domo estis konstruata, mia domo estis jam longe konstruita.[FE.25] Estis konstruita estas antaŭtempa kompare kun estis konstruata.
つまり、過去から見た過去を表すために-it-を使っています(もっとも、この例で konstrui という結果を生む動詞を使うのは、混乱の元になると思いますが)。これはヨーロッパ言語の影響を強く受けた使い方に見えるので、個人的には賛成しませんが、この使い方を許すとすれば、過去から見た過去という意味に限り amito と言うことができると思います。例えば、
Tiam, kiam J estis mia amato, K estis mia amito.
文字化け (fotono)
2010-01-28 06:00:55
あっ、ここのコメントが見る環境によって文字化けすることがあるのを忘れていました。ごめんなさい。
日本語には完了相を表す特定の形がないので、-it-や-int-は、日本語話者にとって、分かりにくいと思います。エスペラント日本語辞典で「点」「線」「結」という概念が導入されたのは、「完了」の理解のためだったのかもしれませんね。わたしは以下のように解釈しています:
- 「点」と「結」なら-it-や-int-の形を使えるが、「結」のない「線」では使えない。
- 「点」で-at-や-ant-を使えるのは ripetado の意味としてだけ。
PMEG 28.4.2. に書かれているような「過去の過去」という使い方を無視してよければ、この理解で十分だと思いますが、他の考え方があれば、ぜひ教えていただきたいです。
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分詞(1)
スポーツ紙の1面見出し的用法 (fotono)
2010-02-01 00:44:32
> > Li estas leginta la libron.:(過去のある時点に)本を読んだ。
> は、ひょっとしたら全部読んでいなくてもいいのかな・・・途中まで読んだだけでも結果は残るから。屁理屈かしら。
完了と言えば、普通は全部終わったという意味にとられるでしょうが、たしかに途中まででも結果は残りますから、-it-, -int-は、言い訳をするときや、相手をちょっと驚かせるときなどに、使えそうですね。
例えば、
Tio estas konstruita...
と力強く言ってから、小さく
duone.
と付け加えるとか。
la.okaun.junpen.sepelosamci'esezykarni --- La blogo de OKAŬ Ĵunpe
純平さん宛に書いたコメント:
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言いたいことがいっぱい
guskant sa...
damri liste の場合は、アクセントが
DAmri LISte
となります。
「メーリングリスト」は、 lujvo 形成の規則から、最も発音が楽になる mriste が選ばれますから、 mriliste は使われないと思いますが、仮に使っても
da mriliste の発音は
da mriLISte あるいは DA.mriLISte
となるので、前者のアクセントを採用すれば、後者のような声門休止は必須ではありません。
文字列として表すときにスペースを嫌うのでしたら、アクセント位置を大文字にするなどの手段で、音声の時系列で構成されるロジバンの文章を、正確に文字列に写し取る必要があるでしょうね。
11/1/11 01:15
Blogo de Piotr
Belan naturon de la tero montras Piotr, kaj mi unufoje komentis:
fotono pisze...
Ne pardonpedinda. Mi supozas, ke tiu botelo estas por preni dolĉan sukon. Bonan donacaĵon el la naturo!
14 maja 2010 10:36
Beĉjo
Kelkajn komentojn mi skribis por Beĉjo:
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Scienco kaj politiko
fotono a dit…
tiu ideo de intelekta plananto ŝajnas kontraŭ estonta evoluado de scienco. se ĉiuj kredus ĝin, la tenebra epoko revenus.
parenteze tian intelektan plananton kiu planis depende de la "teorio"? ;-)
8/16/2005 11:37 PM
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Banalaĵo de stulta mi
fotono a dit…
adicie al la ekspliko de sibazyun, mi pensas informi vin, ke japana 'と (to)' estas nur por inter substantivoj. estas tre malsimpla, japana 'kaj' inter adjektivoj, verboj, klaŭzoj ktp.
9/06/2005 2:05 PM
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Fasti ne en Usono sed en Irano
fotono a dit…
tiaj sanaj adoltoj kiel Gebeleizis povas elekti tian kutimon, sed mi supozas, ke ramadano estas tro dura por iuj malfortaj personoj. ekzemple infanoj ne havas grandan hepaton, do mi supozas, ke dum ramadano ilia cerbo malhavas sufiĉan glukozon.
10/11/2005 8:10 AM
fotono a dit…
Kara Gebeleizis, mi ne trovis la limon de aĝo en Korano, kvankam skribitas en ĉirkaŭ ĉapitro 2 sekcio 183-187, ke malsanantoj kaj vojaĝantoj povas prokrasti sian faston. la 12-jaraĝa (kaj fiziklaborista) limo povas esti nur la socia konvencio, ĉu ne? sed mi ne scias, ĉu 13-jaraĝa persono havas sufiĉe maturan hepaton.
ĉiukaze mi nur volis komenti, ke la artikolo de Beĉjo pensigis min, ke oni fakte devas respekti kutimojn de aliuloj, sed iuj ne povas konformiĝi al siaj sociaj kutimoj, kvankam ili ne povas elekti sian socion.
10/11/2005 10:12 PM
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Demando
fotono a dit…
Ekzemple en la lingvo Tachelhit en Maroko, oni ŝajnas diri 1000 kiel 10x100. Mi trovis ĝin ĉe
http://lingweb.eva.mpg.de/numeral/
Tie alklaku ligilojn Afro-Asiatic>Tachelhit.
Vi eble trovos ankaŭ aliajn ekzemplojn tie.
Rilate, mi ekpensis, ke 1000000 en la hinda lingvo estas 10x100000; kaj ke tio en la kelkaj lingvoj en ekstremoriento (mia lingvo) estas 100x10000, malsame ol eŭropaj lingvoj.
12/04/2008 1:40 PM
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Skribomaniero kiu ne helpas!
fotono a dit…
Laŭ mi, la ordo MM-TT-JJ tute ne bona. La komputilo ne bone ordigas dosierojn de la 07-a de aŭgusto en 2009 (080709) kaj tio de la 08-a de julio en 2010 (070810).
En la hungara, la litova kaj la orient-aziaj lingvoj, la ordo de penso kaj skribo estas JJ(JJ)-MM-TT, same ol la komputilo, kiu estas la plej kutimigebla por mi.
Do mi nomi dosierojn kiel e20090807.doc por la 07-a de aŭgusto en 2009 ktp.
Ĉu komputilo en la persia lingvo ne ordigas dosierojn el dekstra al maldekstra?
Mi pensas, ke la persia komputilo devas aperigi dosierojn kiel, ekzemple, "cod.07-08-09e" por doc-dosiero de la 7-a de aŭgusto en 2009, kaj ordigi tion depende de la ordo "e"-"09"-"08"-"07"."doc", ne la ordo e-9-0-8-0-7-0-.-d-o-c. Se ne, tio estas malutila, ĉu ne?
Mi ne komprenas, kial multaj lingvoj ordigas tagojn kaj lokojn el malgranda parto al granda parto.
Imagu vojaĝon: por iri alie, oni celas unue la plej grandan parton, kaj sekve malpli grandan parton:
oni unue eniri iun landon, sekve eniri iun distrikton, sekve eniri iun gubernion, ktp. Tiel oni povas trovi celan lokon. La inversa ordo ne estas imagebla.
Mi pensas, ke estas natura ordo, komenci el pli granda.
9/11/2009 1:40 PM
Vastalto.com
Kelkajn komentojn mi skribis por Vastalto.
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Multlingva afiŝeja programo
fotono 2005-8-25 - 12:30
bedaŭrinde, aspekto de css estas malsama depende de foliumilo. eble estos bona, ke oni uzas nur generalajn stilojn, ĉu ne?
cetere mi pensas, ke estos pli utila, ke oni apartigas stilon al alia dosiero (*.css), ĉar tiel oni povos ŝanĝi siajn stilojn de ĉiuj paĝoj kune.
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Farbito de hodiaŭ
fotono 2005-9-15 - 9:07
nedankinde. infantempe mi sentis, ke la semo de tio estas tre granda, tamen nuntempe ne sentas tiel. efektive la grandeco de la semo ne ŝanĝas, sed sole mi grandiĝis.
- Ankoraŭfoje spamaj komentoj
fotono 2005-11-11 - 17:37
Oni diras, ke la versio 3.2 de Movable Type estas pli forta kontraŭ spamoj ol 3.17. Sed mi ricevis nenian spamon sur 3.17 nek sur 3.2, do mi ne povas certigi la efekton.
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Kio estas filtraĵo?
fotono 2005-12-14 - 23:01
Interesa. Sed mi pensas, ke la filtraĵo ne nepre estas likvo, ekzemple tio de lumo, elektro, sono ktp.
Ĉiukaze filtraĵo ŝajnas esti tio pasinta tra la filtrilo. Eble ĉar oni principe uzas nur la pasintaĵon kaj forĵetas la restaĵon, ekzemple kafo, gasmasko, cigaredo ktp, ĉu ne? Sed en la kazo de sojlakto, oni uzas ankaŭ tion, kion restas en la filtrilo (okara). Mi persone volas diri, ke okara ankaŭ estas la filtraĵo, kion oni ekhavas per filtrado.
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Egretobulo de leontodo
fotono 2006-3-25 - 6:21
Mi ankaŭ ŝatas flosigi ĝin, kuriozante de tie, kie la semoj aliros. En la franca, oni skribas egreton kiel “aigrette” kaj elparolas kiel [εgrεt], do egretobulo estas “boule d’aigrettes” [buldεgrεt], depende de mia serĉo sur la reto, kvankam mi ne scias, ke ĉu francoj akordus min.
- Kiu estas tiu floro?
fotono 2006-6-13 - 21:36
Laktuko, ĉu ne?
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Kapdoloro ĉe sangovazo
fotono 2007-1-25 - 22:43
konsultu vian mediciniston!
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Mia filo …
fotono 2010-2-15 - 18:36
Mi sincere esprimas mian kondolencon.
- Hajko kaj tranĉiteco
fotono 2010-3-7 - 9:21
Ĉu vi permesas, ke mi hungare tradukos viajn jenajn 3 frazojn?
“[...] hajko ne estas poemo en la senco, ke ĝi sekvas la tradician okcidentan poemteorion. La esenco de hajko konsistas en ĝia tranĉiteco. Hajko eltranĉas momentan figuron el la mondo.”
Se vi permesas, mi volas meti tiun hungaran tradukon sur la reto, kun via nomo “Vastalto” kiel la skribinto de originaĵo, kaj kun la ligilo al ĉi tiu paĝo.
fotono 2010-3-7 - 13:41
Dankon! Mi jene tradukis (mia nomo estas Micu sur tiu retejo):
http://lang-8.com/91235/...
Mia hungara traduko devas enhavi erarojn, kaj mi esperas, ke mia hungara amiko baldaŭ korektos.
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Tro da abundo
fotono 2010-3-31 - 17:58
Rilate, ni havas la radikon ‘vegetar-’ pri manĝo. Mi trovis ankaŭ ‘vegetalin-’, kio ne estas ina vegetalo sed planta graso.
La rilato inter ‘vegetar-’ kaj ‘vegetal-’ iomete similas la rilaton inter ‘viand-’ kaj ‘best-’, sed malsama. Rilate al ‘viand-’, ankaŭ estas ‘karn-’, ‘animal-’. Tio etas tro komplika por lerni.
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Esperantistoj, ĉu fidindaj?
fotono 2010-5-14 - 19:03
Mi ne ĉiam mallaŭdas krimulojn, ĉar iam mi supozas ian neeviteblan kialon por la krimo.
Se la esperantistaro estus sufiĉe konata, oni komprenus, ke “ekzistas krimuloj [...] ĉie en la mondo”, kaj iom da krimoj en la aro ne naksus malestimon pri la tuta aro.
Sed mi scias, ke, en malplimultaro (angle ‘minority group’), eĉ nur unu krimo facile naskas malestimon pri la tuta aro.
Kaj mi vidas, ke la esperantistaro estas unu el tiaj malplimultaroj.
Plie, la amaskomunikilo malofte raportas bonajn aferojn, sed ofte krimojn.
Do tre probable okazos, ke oni unue ekkonas Esperanton pro raporto pri krimo de iu esperantisto.
Tial mi bone komprenas la ideon de Vastalto, kaj nenian kontraŭon mi povas skribi.
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Kio ili estas?
fotono 2010-5-24 - 1:46
Mi pensas, ke ĝi povas esperantiĝi kiel “diaĉeca homoido”. Ĝi estas nipona (japana) distinga aĵo, do oni ne povas esprimi ĝin per simpla radiko sen krei novan radikon kiel “onio”.
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Kio ili estas? (2)
fotono 2010-5-25 - 17:39
Mi opinias, ke la ĉefa eco de “ogro” estas manĝi homojn, dum “Oni” ne necese manĝas homojn. Do “ogro” estas iu speco de “Oni” laŭ japanoj. Aktuale, japanaj tradukistoj fojfoje aplikas esprimon “hom-manĝa Oni” por la franca “ogre”. Tial “ogro” ne estas konvinka kiel la tradukaĵo de “Oni”.
Por la nova radiko, “kiĝin-” estas iomete preferinda, sed se ĝi estas radiko por “Oni”, japanoj devos atenti, ke la japana “Kiĝin” estas ne kiĝino sed kiĝina dio. Mi timas, ke tio estas tro malsimpla por japanoj.
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Drako kaj ogro
fotono 2010-5-26 - 5:52
Por klarigi la problemon, ni devas klarigi la malsamecon inter tipo kaj individuo de la nocio de fikciaĵo.
La nocio de fikciaĵo ne estas klare difinita, sed la tipo de tiu nocio estas iel fiksita de la homoj, kiuj komune havas tiun nocion. La individuoj de tiu nocio varias. Precipe en modernaj rakontoj, la individuoj eĉ kontraŭas al la tipo. Eĉ tiaj individuoj povas aparteni al la kategorio de tiu fikcia nocio, ĉar la nocio ne estas klare difinita.
En tia kondicio, kiel ni povas kompari la nociojn de du fikciaĵojn?
Iu ideo estas kompari la tipojn. Aliu ideo estas kompari la arojn de individuoj. Mi opinias, ke la unua ideo estas preferinda, ĉar la aroj de individuoj daŭre grandiĝas laŭ kreskado de kulturo, kaj tiaj ŝanĝantaj aroj ne facile kompareblas.
Pri la tipoj de “ogro” kaj “ONI”, mi opinias jene:
- La tipo de “ogro” estas hom-forma perfortema estaĵo, kiu manĝas viandon, kaj precipe ŝatas homan viandon. Por esprimi la tipon de “ogro”, ĝia manĝaĵo nepre estas menciita. Tial, manĝi homon estas ĉefa eco de “ogro”.
- La tipo de “ONI” estas hom-simila perfortema estaĵo, kiu havas korno(j)n kaj dentegojn, surmetas tigran pelton, portas metalan bastonon. Por esprimi la tipon de “ONI”, ĝia manĝaĵo ne ĉiam estas menciita, kvankam ia ONI manĝas homon. Tial, manĝi homon ne estas ĉefa eco de “ONI”.
(Tie ĉi, mi simpligis la tipojn, sed mi esperas, ke tiu simpligado ne influas mian rezonadon.)
Tial mi opinias, ke la tipoj de “ogro” kaj “ONI” estas intermalsamaj. Laŭ mi, ambaŭ estas variaĵoj de “hom-simila perforta estaĵo”. Laŭ japanoj “ogro ⊂ ONI” pro manĝaĵo. Laŭ aliuj eble “ogro ⊃ ONI” pro havaĵo. Sed ambaŭ ideoj vidas nur ian parton de la tipoj.
La individuoj de “ogro”, kiujn vi menciis, kontraŭas al la tipo de “ogro”.
Sed ĝuste pro tio, tiuj rakontoj ekhavas pli da signifo. Por klarigi la specialecon de tiuj individuoj, tiuj rakontoj klare donas la tipon de “ogro”. En “Shrek”, la tipo de “ogro” estas klarigita per la parolo “Bonvole ne manĝu min” de Arthur ( http://en.wikiquote.org/... ). En “La amika malamiko”, la tipo de “ogro” estas klarigita per la suflorado de patrinoj en la parolo de ogro mem: “[...] tio, kion la patrinoj sufloras al siaj gefiloj pri mia okupateco… manĝi infanojn![...]”
Ankaŭ al la drako, simila konsidero estas aplikebla. Laŭ mi, la tipo de “drako” kaj la tipo de “LONG (竜)” estas intermalsamaj. Ambaŭ estas variaĵoj de “skvama forta estaĵo”. Pro tiu simileco, okcidentanoj pensas, ke LONG estas “orienta drako” (drako ⊃ LONG), dum orientanoj pensas, ke drako estas “okcidenta LONG” (drako ⊂ LONG). Oni bezonas tian asimiladon por kompreni nekonataĵon laŭ sia origina kulturo. Sed en internacia lingvo, alia solvo estus preferinda.
2011-02-15
nu pu ciska lu'e lo mi se jinvi lo drata stuzi .i zoi Miaj opinioj skribitaj alie zoi
mi pu ciska fi lo drata stuzi fe lu'e lo banjupunu .a lu'e lo bangepu'o
.i zoi
Mi skribis alie JA-lingve aŭ EO-lingve.
他所のコメント欄や掲示板などで書いたことを徐々にまとめていこうと思う。
生成文法について
ロジバンの勧誘に行っただけなのに、なぜか生成文法議論に巻き込まれ、エスペランティストを増やす結果に終わった「掲示板の丸焼き」への投稿:
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Message-Id: <20110114203557@donde_estoy>
Date: Fri Jan 14 20:35:57 2011
From: guskant fotono
Subject: ロジバンやってみてください
私はロジバンを習い始めて1年になりますが、エスペラントよりずっと馴染みやすいと感じます。
今やロジバンの日本語による解説はたくさんありますから、ぜひやってみてください。
たとえば
lojban.org (いくつかのページで日本語表示に切り替えられます)
WIKIBOOKS (未完ですが充実しています)
ロジバン相談室 (日本語で質問できます)
それから、東京の新宿でロジバン勉強会が始まります。1月23日から3月末まで、隔週日曜日に開かれる予定です。 詳しくはこちらのスレッドをご覧ください。
ロジバン勉強会について
せっかくの日曜日をロジバンのために割いてくれる奇特な方は、ぜひご参加ください。
エスペラント文法が簡単だというのは詐欺ですね。16ヶ条だけで良いと言われながら、ハンドブック PMEG の膨大さに怒らない寛容な人だけが、エスペラントを習得できるのです (私は寛容です)。
# 「言語であれば普遍的に備えている性質」として「「行為者」は「主語」になりやすい」というのは疑問です。 interesi や placxi の行為者が主語にならないのをどう説明するのでしょうか?他の2つの例についても私には疑問です。
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Message-Id: <20110115080449@donde_estoy>
Date: Sat Jan 15 08:04:49 2011
From: fotono
Subject: PMEG
ハンドブック PMEG に対する後藤文彦さんの態度には全面的に賛成です。
それでも PMEG が多くのエスペラント学習者に必要なのは、16ヶ条の文法が一部の西洋語に寄りすぎて、一部の西洋語に慣れ親しんだ人以外には、チョムスキーの言う「自分の直感的な知識」をエスペラントに適用しにくいからだと思います。
ロジバンの良い点の一つは、文法が述語論理に基づいて作られているので、述語論理が「自分の直感的な知識」と一致している人にとっては、エスペラントの16ヶ条よりもずっと馴染みやすいということです。
述語論理が「自分の直感的な知識」と一致することが、すべての人に普遍的なことかどうかは、議論の予知があると思いますが、少なくともエスペラントの16ヶ条や PMEG よりは、私にとっては馴染みやすいのです。
- Message-Id: <20110116023725@donde_estoy>
Date: Sun Jan 16 02:37:25 2011
From: fotono
Subject: ご返信ありがとうございます
おすすめの Radford の本は、以下のような疑問点に注目しながら読んでみたいと思います。
私の主要な疑問点は、「言語であれば普遍的に備えている性質」というものを安易に規定しているように見えることです。すべての自然言語に普遍的な性質が、そんなにいくつも見つかるものでしょうか?個人的な印象では、「述語論理は普遍的であろう」という楽観的な予想は持っています。しかし、これもすべての言語について調べてみないと、確信は持てません。
先の投稿で interesi や placxi を挙げたのは、エスペラントの話だったからですが、一般論としても「「行為者」は「主語」になりやすい」ということが「言語であれば普遍的に備えている性質」と言えるかどうかが疑問です。その根拠は2つあります。
第1に、「行為者」という概念自体が相対的であるように思われること。例えば「物体Aが人Bから人Cに、この2人の合意の下で移動する」という現象を記述するとき、視点の置き方によって行為者が変わります。Bがあげるのか、Cがもらうのか、Aが渡るのか。
第2に、「主語」の定義がはっきりしないこと。膠着語や抱合語の単語の一部分も主語と呼ぶなら、単に「「行為者」は「主語」になりやすい」と言えるように「主語」を定義しただけではないでしょうか。
また、もう一つの例「文が階層構造を持つ」については、むしろ「文に階層構造を与えることによって理解する」という方法論としてなら理解できます。ただ、例示された文の [ ] の付け方は理解できません。その付け方だと木ではなく線形に見えます。もし以下のような形なら、理解できるのですが:
[[I] [[[am] [interested]] [[in] [Esperanto]]]]
# あと、ついでに自分のミス (^_^;)を訂正:議論の予知がある > 議論の余地がある
- Message-Id: <20110118072509@donde_estoy>
Date: Tue Jan 18 07:25:09 2011
From: fotono
Subject: 「言語であれば普遍的に備えている性質」
私は、すべての言語について調べろと要求しているのではなく、論理的に反例の余地があることを明示しただけです(そして実際に後述のような反例があるようです)。
「未知の言語が見つかった場合その論理で説明できるか?に重点を置いて理論の正しさを測れば十分だ」
とか、
「せいぜい語族の違う10個ほどの言語について調べれば十分だ」
とかいう態度は、[数学や論理学以外の] 科学として当然の態度です。
また、生成文法の理論を否定的に見ているわけでもありません。「言語であれば普遍的に備えている性質」として挙げられている性質のいくつかが疑わしいと言っているのです。
「主語」が「文に直接支配された名詞句」と定義されるなら、膠着語や抱合語の単語の一部分は主語ではないので、「「行為者」は「主語」になりやすい」という性質はある種の膠着語や抱合語には当てはまらないでしょう。そうすると、こういう言語は反例になります。そうであれば、「「行為者」は「主語」になりやすい」という性質を「言語であれば普遍的に備えている性質」の集合から取り除くか、あるいは、ある種の膠着語や抱合語を生成文法の理論の対象となる言語の集合から排除するか、どちらかにしないと、生成文法の理論が破綻してしまいます。
ところで、このことは、生成文法の理論における人工言語の取扱いに関連付けられると思います。
エスペラントについては、16ヶ条の文法と語彙しか決まっていないのですから、 PMEG や実際の運用状況を考慮に入れないと、生成文法の理論対象として扱うことさえできないと思いますが、人工言語一般についても ──実際には多くの人工言語が生成文法の「言語であれば普遍的に備えている性質」に基づいて作られていても── 生成文法の理論の対象から排除しなければいけません。なぜなら、すべての人工言語を生成文法の理論の対象とした場合、「言語であれば普遍的に備えている性質」として挙げられている性質を持たないように言語を作れば、生成文法の理論が破綻してしまうからです。
破綻を避けるためには、「言語であれば普遍的に備えている性質」を「言語」の定義にしてしまい、都合の良い言語だけを対象にするという方法もあるでしょうし、すべての人工言語を対象外にするという方法もあるでしょう。他に、もっと難しそうな方法として、
「言語」を「言語であれば普遍的に備えている性質」以外の条件から過不足無く定義し、さらに
「言語であれば普遍的に備えている性質」をうまく規定する
という方法がありそうです。どうがんばってもその性質が無ければ「言語」が作れないような、そんな性質が「言語であれば普遍的に備えている性質」として規定されていれば、理論が破綻する恐れがないからです。この方法が可能なら、生成文法の理論は、自然言語と人工言語を両方とも対象にできる理論になると思います。
# 冬山デビューおめでとうございます。私に謝る必要はありませんが、ご家族や親友などには謝った方が良いのでは?
- Message-Id: <20110118140541@donde_estoy>
Date: Tue Jan 18 14:05:41 2011
From: fotono
Subject: 例えば
今思いつくのは、以下の2つです(というか、そんなにたくさんの言語を習ったことがないので、これくらいしか提示できません)。
どちらの例でも、「主語」として取り出せる部分がありません。
アイヌ語:
aynu itak eci=epakasnu
アイヌ 語 私があなたに=教える
epakasnu は3つの項を取る動詞で、そのうちの2つの項が eci= という1つの接辞に含まれています。
ハンガリー語:
várlak
私があなたを待つ
これは動詞 vár の「私があなたを」待つ場合の活用形で、
以下のような「私が」待つ場合と異なる形です:
ezt várom
これを 私が待つ
- Message-Id: <20110118214556@donde_estoy>
Date: Tue Jan 18 21:45:56 2011
From: fotono
Subject: 「言語」の定義
生成文法の理論は、自然言語を「言語であれば普遍的に備えている性質」と、それ以外の性質とに分けて、各言語を分析することができる理論だと、私は捉えています。
この捉え方がそもそも緋さんと違うのだろうと予想しますが、以下の説明はこの捉え方に基づいています。
自然言語も人工言語も含めた「言語」というものを、もし定義できるなら、その定義によって限定された全ての言語について、上記の分析をすることができるはずです。
この定義に限定された「人工言語」が「言語であれば普遍的に備えている性質」を逸脱できないように、
- 「言語」の定義と、
- 「言語であれば普遍的に備えている性質」
との調整をすれば、ここに定義された「言語」というものは、全て生成文法の理論で扱うことができるだろう、ということです。
この際、「言語」の定義は、現状で一般的に言語と考えられているものをできるだけ過不足無く含むようにするのが理想的です。
この調整ができた場合、「(調整された定義による)人工言語」は「言語であれば普遍的に備えている性質」を備えてさえいれば、4項述語である動詞や、語順をひっくり返すと否定文になる性質など、風変わりな性質を与えられたとしても「それ以外の性質」として生成文法の理論の対象に入るという仕組みです。
これは理論上の可能性として出した話で、具体的にどうやって調整をするかということは、私にもまったく分かりません。
それから、人工言語として緋さんは「学校文法」や「エスペラント」を想定されているようですが、上記の「言語」の定義はもっと「生成文法」寄りのものを想定しています。「学校文法」や「エスペラント」というのは未定義部分が多すぎて、それだけでは言語として使えません。私が想定しているのは、プログラミング言語のように、厳密に定義されるものです。
人工言語より自然言語の方に興味がおありでしたら、むしろ「エスペラント」はおすすめです。エスペラントは実際に広く運用されているからこそ「言語」として成り立っていますが、16ヶ条と語彙集だけではとても「言語」とは呼べない、人工的な自然言語だと思います。
あと、アイヌ語の eci= は分解できません。本来それだけで「あなたたち」という意味を与える接辞なのですが、なぜ「私があなたに」の意味で辞書に載っているのか、私は詳しくないので分からないです。
吉村哲彦(島根大学生物資源科学部教授)について
togetter にコメントをいくつか書いた。だんだん下品になったが、対象があまりにも下品だから、仕方がない。余談だが私は「馬鹿」という文字列は侮蔑語として使わない。馬と鹿に失礼だから。仮名や他の当て字なら使っても良いかもしれない。
- 吉村哲彦は、ほかにもおもしろい発言してた http://goo.gl/MM5oC 偏見は科学のタネになりうるから必要だと思うけど、事実を一切受け入れないなら科学的議論には発展しようもない。島根大学の学生は、こんな人を教育職から追放する運動とかしないの?
fotono
2011-01-11 12:51:07
- 一応、上記の話をこちらにまとめました。「吉村哲彦の性差別観をまとめたら血液型性格判断信奉というトンデモも釣れた」 http://togetter.com/li/88371 長くてつまらないけど、ご参考までに。
fotono
2011-01-12 02:19:16
- リストの一番上に、かなり昔の発言を追加。
fotono
2011-01-16 00:21:41
- リストに追加しました。May_Roma さんの名誉のために追記しますが、彼女はエスペラントについては何も言っていません。話の実際の流れはこちらをどうぞ http://togetter.com/li/87864 アホプー教授はいつも部分抽出して非公式 RT するので、アホプーの発言だけ見た人は RT 元の人について誤解しやすいですよね。みんな気をつけてね。
fotono
2011-02-15 09:41:06
- 自分の基礎知識の無さと論理構成力の無さを匿名で晒すだけなら、「どうぞご勝手に」と思うし、そういう人に「アホ」なんていう侮蔑語を付けたりしない。でも、アホプーの場合は、ある程度影響力のある地位を表記して発言している。もはやエスペランティストたちは釣りにひっかからないことを覚えたけど、無視を決め込むだけじゃアホプー信者が増えるだけだよ。もちろん、まともに返信しても無駄だけど、 bookmark や togetter などでアホを晒しておくことは重要だと思う。
fotono
2011-02-15 14:02:19